カラーそうめん
※解説 七夕にそうめんを食べる習慣には、諸説がある。中国の古代伝説から、伝説上の王、高辛子(かうしんし)の子が七月七日に亡くなった。その子の霊が鬼神となって、おこり(熱病)をふりまいた。その子供の生前の好物が索餅、つまりそうめんの前身だったので、七月七日の子供の命日に索餅を供えて、そのおさがりを食べることによって、病はおさまったということから、この日にそうめんを食べる習慣がはじまったという説。 また、コムギの収穫次期にあたる行事の七夕ごろに、小麦粉を練ってつくった団子やそうめんをお供えして、その初物を食べるというところから、その風習が生まれたとされた説。 陰暦七月七日の物語といえば、「織姫・彦星」でおなじみの七夕。ここでは織姫(織女)を中心として、機織(はたおり)や裁縫の上達を願う女性たちがそうめんを糸に見立てて、お供えをして、それを食べたという説がある。 それでは、なぜ七夕は「たなばた」と読むのか。古来日本では七月七日の夜、人里離れた水辺につくられた棚で、乙女が機(はた)を織り、神を迎えて禊(みそぎ)を行う信仰行事があった。この乙女を「棚機(たなばた)つ女(め)と言い、これが天平年間に中国から伝わった織女伝説と結びついて、今日の七夕の風習ができたのではないかといわれる。つまり、「七夕」の文字は中国から、「たなばた」という読みは日本独自の行事から、と言う事になる。